こんなニュースをみつけた
監督 救急車呼ばずに30分後に搬送…大学4年の野球部員がランニング中に倒れ翌日死亡
結構前のニュースだけど、こういうニュースをみるとすごく心が痛くなる。
野球部員が重度の熱中症で倒れて、救急車を呼ばずに部の車で病院に行って、翌日亡くなってしまったというニュース。
本当に残念で悲しい事件。
誰もが思うと思う。
「なんで救急車呼ばなかったんだ?」
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私は、目の前で2回人が倒れたことがある。
1回目は、むかしむかし、新卒で入ったカーブスっていう会社にいた暗黒時代の時のこと・・・。
その時に、人が目の前で倒れているのに救急車を呼べなかったことがある。
呼べなかった、呼ぶという発想に至らなかった、っていうのが適切な表現かな。
本当に不思議なんだけど、人間ってそういう心理になるんだと思う。
しかも、高齢者と関わる仕事だったから、年に2回AEDとか、心配蘇生とか、そういう訓練をしていたにも関わらず、で。
そして同じように訓練を受けたスタッフが数名いたのに、誰もすぐに救急車って言わなかった。
今思い返すと、いろいろな要因があったと思う。
若い方で既往歴を知っていたから、低血糖で倒れたということがわかったということ
スタッフが数名いて、みんなちょっとずつ他責をしてしまっていたということ
同じお客さんに看病的なことをしだす人がいて、なんとなくその人に従う雰囲気になってしまっていたということ
その近くにいたお客さんは、横にさせたり、足のマッサージしだしたり、とてもじゃないけど正しい対処法とは全く思えなかった。なんだけど、この事態になった時に、疑問を感じてもなんかそれが正しいと思ってしまった。心理的になんか従っておいた方がいいのかなっていう、そういう力が働くのかもしれない。正常性バイアス?的な感じかな。
客観的に状況を想像したら「異常でしょ、救急車って思うでしょ。」って当然思うと思うんだけど、その異常な中に立場を置いた場合、どこか他の人に責任を委ねてしまう。もしくは、自分でなんとかしなきゃ!っていう気持ちも働いて、矛盾してどうするべきなのか判断できないのかもしれない。
(結果、救急車を呼んで、その方は回復し、数時間後に「ごめんね〜」って言ってお菓子を持ってきてくれました。)
何かあったらと思うと本当にぞっとする。
その時は、仕事での失敗という言葉では片付けられないほど本当に反省した。本当に申し訳ないことをしたと思った。
そんな新卒の時(22−23歳くらい?)の経験があり、2回目は、今の職場で研修を担当していた時のこと。
ちなみに、研修を担当するインストラクターは基本1人でクラスを管理する。
朝研修がスタートして、40分くらいたったときに、研修生が泡を吹いて倒れた。
その人は朝から「おれ昨日飲み会でオールして眠いっすわ」みたいなナメたこと言ってて、二日酔い&寝不足ということは知っていた。
(いろいろなところに突っ込みどころはあるけど、この際おいておく)
その時にあわてて抱きかかえて、少し吐瀉物もあって、お酒の匂いがした。
でもその時に思った。
「私は、この人の命の責任を負うことができない。救急車!」
この発想はね〜やっぱりカーブスの時のがないと、でないと思う。
そうじゃないと、二日酔いだよね・・?どうしよう?って、なると思う。
ちなみにその時は、結果意識が戻って、
「倒れました・・!?ごめんなさい・・・!」
ってはっきり話をしたので、
「救急車よぶ?救護室で休む?病院にいく?」
って聞いたら、救護室で休みたいって言って、寝てそのまま最後まで研修でてた。
救護室で当時のトレーニングマネージャーにくっそほど怒られてて、私が同情したレベル。
その時の話を大学の同期で今お医者さんやってるひとに喋った時に「いや、まあその状況で救急車ってすぐ発想になったのは偉いよ」
って言ってもらえた。
他にも、研修中に発作が起きた人がいて、自衛隊出身のおっきい大人が(笑)、どうしたらいいかわからなかった、って言ってた。
結果それも違う人が救急車を呼んでことなきを得たみたい。
ということで、野球部員のコーチがどういう状況だったかはわからないけど、一概に責められる問題ではないんじゃないかなと思ってしまう。
わからないけど、野球部員のコーチも、大変なことが起きて自分が管理者だから自分がなんとかしないといけないと思ってしまったんじゃないのかな・・・。
しっかり訓練をうけていたとしても、人は救急車を呼ぶというハードルは高いということを知っておくべきだと思う。そして、それを踏まえた上で訓練をするべきだと思う。
これがもし、倒れたのが高齢者だったら、わりとみんな迷いなく救急車を呼ぶと思うんだよね。高齢者が倒れる=死みたいなイメージあるから、きっと呼ぶと思うんだけど、若い人が「熱中症かな?」「低血糖かな?」みたいな倒れ方をしたときに、=死には結びつきにくい、死ぬかもしれないなんて考えたくないって思うのも要因なのかもしれない。
救急車を呼んで結果残念な結果になったとしても、それは仕方のないことかもしれないけど、救急車を呼ばずに残念な結果になってしまった場合、なにかできることがあったんじゃないかと、遺族も立ち会った本人も、すごくつらい思いをしてしまう。
会社でも、一人で管理をしていく環境っていう以上、そういう啓蒙っていうのは必要なのかもしれないなと、なんとなーく思っていたことをまとめてみた。